独自の包茎手術
既得権者のために、もっぱら価格の調整機能を骨抜きにすることは、市場を国家や独占企業が統制し、市場の「神の手」を封じることなのです。
労働市場でも、富の再配分でも、新規参入者の若者が不安定な立場に置かれ、不利な状況に追いやられることになります。
本来は機能すべき価格のメカニズムが働かず、価格というシグナルが無視されれば、新規参入は滞り、価格も動きません。
経済が成長していた時代には、価格の調整で痛みを感じる側も、全体のパイが大きく参入障壁が下がって、外部から新規参入者が入って来ると、これまでの既得権が失われるので「新たな規制強化」を訴えます。
ですから、構造改革という「新たな価格の調整」を終えた後の結果については、落伍者が著しい負け組に転落しないよう、十分なセーフティネットが必要です。
そうしなければ、改革自身が大きな抵抗にあって先に進めない場合があります。
改革の速度が遅い分野では、すでに市場で存在している優位な勢力、例えば既得権者や年長勢力が安泰である状況が考えられます。
彼らの利害が関係する改革は骨抜きに終わったり、かけ声倒れに終わったりして、経済システムはよどみの多い構造になりがちなることで、痛みを和らげることができました。
反対に経済が成長しない時代には、価格調整のもたらす痛みはことさら大きく感じられます。
これも、市場や価格の調整機能が悪者にされやすい要因のひとつです。
だからといって、市場に替わって政府が全面に出ると、もっと悪い状況が待っています。
社会主義の崩壊をみれば明らかでしょう。
少子高齢化と人口減少が進む斜陽国家日本では、競争でいったん負けたり、市場からはじかれたりした場合の痛みは大きくなります。
従って政府の支援やセーフティネットが求められます。
政府はいまひとつ非効率です。
また現状では、納税者は大きな政府を支えられません。
支えようとするならば経済成長が必要となります。
経済成長のためにはもっと競争をし、国際競争力もつけなければいけない。
そうすれば必然的に落伍者も増える。この国の経済論争はこのようなジレンマと堂々巡りに陥っているように見えます。
日本は、卯年代後半に諸外国に遅れて、金融当局による過保護な「護送船団方式」の市場構造を改めるため、「金融ビッグバン」の改革を行いました。
戦前からの旧日銀法をはじめ、様々な古い法律や規則を改正したり廃止したりしました。
金融の規制を緩和し、金融業が興隆している米国や英国型のシステムに近づけることが狙いでした。
それなのに、約n年が経った今も、ビッグバンにはものたりない部分が残されています。
どうしてでしょうか。
おおまかにいって、問題点は3つあります。
ひとつ目は、既得権者の抵抗で、改革が不徹底に終わったことです。
中途半端な改革である郵政民営化もそうです。
政府、金融機関、預金者それぞれが、社会主義的な金融にも魅力を感じていたのです。
日本版金融ビッグバンが小手先の改革に終わったため、財政と金融が一体化している構造をすぐには解体できませんでした。
資産運用に対する国民の守旧願望も残されていました。
過去3年あまりの一連の改革では、金融業においても、官から民へ、銀行中心の「間接金融(預金と融資による銀行などを介した金融機能)」から、市場中心の「直接金融(株式市場から直接、資金を融通する機能)」に移行することを狙っていましたが、日本ではあまりにも間接金融の時代が長く続いたため、直接金融に構造的に資金が流れるような状況にはなりませんでした。
ふたつ目は、金融ビッグバンを始めて加年余りになるのですが、その間に金融機関の淘汰などがあり、これを救済するために社会主義的な金融システムを温存してしまったことが挙げられます。
不況対策として国債を増発して公共事業など政府投資を積極的に行う一方、体力の落ちた金融機関を救済するための政策を発令してしまったのです。
国債を暴落させないために、財務省と金融庁が中心となって、従来通り、金融機関に国債を買ってもらうことに象徴される金融秩序が温存されました。
なぜなら、大量に発行した国債を当てはめる(消化する)には、銀行や日銀、郵貯、生保、特殊法人、機関投資家など、様々な伝統的な金融機関に国債を従来以上に買ってもらわなければならないからです。
ビッグバン効果によって、それぞれのセクターが自立して自己責任で金融商品に投資する状況は、決して好ましい状況ではありません。
これまで通りちゃんと国債を買ってもらわないと、国債の金利が上がったり、国債の価値が暴落したりしてしまうからです。
日本国債の格付けは、欧米の主要格付け機関によると、長らくボツワナ以下でしたから、財務省としては気が気ではありません。
3つ目は、国民の意識改革が進まず、社会主義的な金融政策に対して引き続き理解を示していたためです。
つまり、お金の運用については、政府の誘導に従って他人任せにする姿勢が改められませんでした。
どうしてでしょうか。
銀行や郵貯には元本保証があるので、資金がどう運用されているか、国民が関心を向けない状況にあり、それを容易に変えられないジレンマがあったためです。
超低金利時代でも「元本さえしっかりしていればいいや」というマインドです。
「ペイオフ制度」に守られて、銀行が潰れても最低1000万円は確実に保護されることになっていますので、たとえ2億円を持っていても、預け先を別に分割して、1行に1000万円ずつ預けておけばいいのです。
仮にそこがとんでもない経営をしている銀行でも、預金が保証されるなら預金者にはあまり関係がないことになります。
これが株式に投資したなら、大儲けにつながる可能性がある一方で、大損する可能性もあります。
定期預金並みに株式への長期投資を考えても、配当はせいぜい数%です。
リターンは預金よりはずっと高いでしょうが、元本が目減りするリスクを考えれば、臆病な人は毛嫌いするでしょう。
国にとっては実にありがたいことなのです。
もちろん、家計の資産内容にも問題があります。
バブルを挟んでこの四半世紀、住宅や土地の値段は激しく上下しました。
「経済成長は続く」「だから土地は値下がりしない」という記憶が抜けず、その結果、家計の資産選択行動に大きなゆがみを与えてしまったのです。
名目GDP、資産価格が大きく下がるなか、家計は家をせっせと買うことをやめませんでした。
そのため、大きな含み損を抱える家計が増え、家が株式を上回るリスク資産になってしまいました。
何千万円もする住宅を借金して買うと、それ以上、家以外のりスク資産にお金を投じて資産を運用する》」とは困難になります。
賃貸住宅に住みながら、地価の暴落を横目に、手持ち資金を株式にも投じて、健全な家計資産を形成するのが王道だったのではないでしょうか。
土地の下落局面では株も含みですが、株は2,3日で処分でき、数千万円も借金して買うものではありません。
別のリスク資産(不動産)を抱えていたら、首が回らず、株式投資どころではないでしょう。
こう考えると、国民の持ち家志向もビッグバンを不完全にさせた要因ではないでしょうか。
「金融の社会主義化」とは、金融システムにおけるお金の循環面で国家の存在や干渉が非常に大きい状態を指します。
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